フルブライトストーリー

No.46 カンドラ・ポラティス

少し肌寒かったけれど、素敵な一日を過ごした日光にて(2022年3月)

医学史と日本の風習にしっかりと浸かった12か月間

初めて訪れた赤門の前にて(2021年7月)
京都にある永観堂禅林寺にて紅葉狩り

カンドラ・ポラティスさんは、フルブライト・プログラムに強く心惹かれた。アメリカと日本の学術的な橋渡し役として医学、歴史、文化を研究するという心躍る機会が得られるからだ。

アイダホ州の農村地域で育ち、University of California, Santa Barbara で博士論文に取り組み始めるまで、フルブライト・プログラムのことはあまりよく知らなかったという。メンターに恵まれ、ロールモデルとなる人物にも出会ったことで自信がつき、博士課程3年目のとき、大学院研究生プログラムに応募し、2020年に合格した。

アイダホ州から来日したのは2021年のことだ。東京大学で「死と病気の体:大日本帝国における疾患管理と埋葬規制」というテーマで研究を行った。この研究領域に関心を持ったきっかけは、2019年に他団体から奨学金を得て、台北の国立台湾大学でこの方面の予備研究を始めたことだった。しかし、さらに大きく影響したのが、著名な医学史研究者である鈴木晃仁教授のセミナーだった。このセミナーで鈴木教授は、日本とヨーロッパの医学史の関連性を強調していた。鈴木教授は、フルブライト・プログラムにおけるポラティスさんの受け入れ担当教授およびメンターの任を引き受けてくださった。

フルブライト・プログラムでは、近代の日本と台湾に関する豊富な知見を得ることができた。東京大学での研究は「夢のようだった」という。総合図書館では、今回の研究において非常に重要な歴史的文書を初めて閲覧できた。「資料を手に持ちながら、『私は本当に東大にいるの?本当にこの文書を手に取っているの?信じられない!』と興奮を隠せませんでした」

掘り下げて調べたいことは山のようにあったが、時間は限られていたので、法医学の手法の一つである解剖に焦点を当てることにした。

比較歴史学の観点で医学と文化人類学に取り組んだ。遺体には疾患の根本原因が隠されているけれど、生きているときには表に現れなかった、という皮肉な状況を認識するようになった。「医学の進歩に繋げるためにも、死者への敬意という視点が重要」と話す。

現在も続くコロナ禍で、この研究テーマはきわめて重要性が高いものとなった。また、研究が二本柱になっていたこともあり、たくさんの貴重な経験ができた。歴史家、理論家、医学の専門家、臨床家、研究者など、研究テーマに関連したエキスパートたちと交流する機会を得るだけでなく、日本の文化や生活様式を直接学ぶ機会もあった。「研究プロジェクトのことや埋めるべきギャップ、将来のさまざまな方向性について、非常に多くのことを学びました」と語る。

一年にわたるフルブライト・プログラムの期間中、ストリートパフォーマンスやバラエティ豊かな料理、日本の祝日の儀式や風習を楽しんだ。新型コロナウイルス感染症に伴う規制があったため、子どもを日本に連れてこられなかったので、近いうちに子どもと一緒に日本を再訪したい旨を教えてくれた。

最後に、フルブライト・プログラムへの応募を検討している若い研究者に対してエールを送った。「自分自身と自分の能力を信じることです。ほんのわずかでも応募してみたい気持ちがあるなら、挑戦してください」